孫右衛門の産子

孫右衛門の産子

【解説】

 宝暦十二年(1762年)の四月に出羽国(秋田県)の百姓の孫右衛門の妻が産んだ子供。

【補足】

 この産子と関連して同年五月に武州大久保新田(埼玉県)で産まれた鬼子の話も『姫国山海録』で紹介されている。こちらは全身が黄色く袋(陰嚢?)は黒く目鼻口が無かったという。 これらはいわゆる「産怪[1]」と呼ばれるものの一種であり、同時期での発生例は少なくない。

 同年六月三日の『津軽編覧日記』にも孫左衛門の産子と類似する事例が記されている[2][3]。この記述によると、秋田領で産まれたこの子供は頭が前と中と後ろの三つに分かれていた。 前の頭は通常の人と同じような目、鼻、口を持っていたが、中の頭にはとぎ(不明)のように骨がびっしりと生えていたという。 しかしそれ以外の体の部分はすべて普通の人のようであった。この子どもは江戸幕府にまで知られて江戸にのぼったとも、母子共に出産後死亡したともいわれる。

 『百鬼繚乱 ──江戸怪談・妖怪絵本集成[4]』には『姫国山海録』が収録されているが、ここでは人権上の配慮によりこの産子を含む二図は削除されている。 この二図は以降も一般的な出版物にはほとんど掲載されていないが展覧会関係の資料[2][5][6]には掲載されることがある。

【掲載資料】

  • 『姫国山海録』

【参考資料】

【コメント】

 国(国書刊行会)によって存在が抹消されてしまった妖怪です。なんだかかっこいいですね。

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【履歴】

2019年10月6日:Twitterでの紹介

2019年11月1日:N鬼夜行での紹介