サイテンコボシ
【物語】
ある晩。山のふもとの村に旅の坊様がふらりとやってきて
「今夜一晩泊めてもらいたいが、この村に寺は無いか」
と聞いた。村の人が、
「村の裏山に荒れ果てた古寺があるけども、毎晩化物が出て、住む者も泊まるものもない」
と言ったが、坊様は
「そうか、それなら、おれがそこへ行って泊まろう」
と言って、寺へ出かけて行った。
寺はたいへん荒れていたが、経机も高座もあったので、坊様はローソクをつけて経机の前に座ってお経を読んでいた。
夜中になると、東の方から生臭いおかしな風がフワフワと吹いてきて、ドタンと何かが落ちる音がした。坊様がひょいと見ると、髪を振り乱した長い顔の化物が、目をギョロンギョロンさせていた。
「お前は、何者だ。」
「トウゲンノバズ」
「なに、トウゲンは東の原、バズは馬の頭。さては東の方にある原の、馬の化物か」
坊様が南蛮鉄の錫杖でコツンと化物を叩くと、化物はギャッとうなって血を流しながら逃げてしまった。
坊様がまたお経を読んでいると、南の方からフワフワと風が吹いて、ドタンと音がした。見ると、こんどは口が耳まで裂けた恐ろしい化物が来た。見ると、こんどは口が耳まで裂けた恐ろしい化物が来た。
「お前は、何者だ。」
「ナンチノタイリ」
「なに、ナンチは南の池、タイリは大鯉。さては南の池にいる大鯉の化物か」
また坊様が南蛮鉄の錫杖でコツンと化物を叩くと、化物はギャッとうなって血を流しながら逃げてしまった。
またお経を読んでいると、またも西の方から風が吹いて、ドタンと音がして、こんどはくちばしのとがった、頭の真っ赤な、恐ろしい化物が来た。
「お前は、何者だ。」
「サイチクリンノケイ」
「なに、サイチクリンは西の竹林だし、ケイは鶏だ。西の竹林にいる鶏の化物か」
坊様が南蛮鉄の錫杖でコツンと化物を叩くと、化物はギャッとうなって血を流しながら逃げてしまった。
またお経を読んでいると、こんどは北の方から風が吹いて、ドタンと音がして、角の生えた、大きな目玉の化物が来た。
「お前は、何者だ。」
「なに、ホクソウは北の葬礼場だし、ギュウズは牛の頭だ。北の葬礼場にいる牛の頭の化物か」
坊様が南蛮鉄の錫杖でコツンと化物を叩くと、化物はギャッとうなって血を流しながら逃げてしまった。
「はて、これで東西南北の化物はみんな出たが」
と思ってお経を読んでいると、天井から風が吹いてきて、ドタンと音がして、木槌に毛が生えたような化物がチョコチョコと来た。
「お前は、何者だ。」
「サイテンコボシ」
「なに、サイテンコボシだと。サイテンは在天で、天井にいるやつだな。コボシは小法師で、天井にいる木槌の化物か」
坊様が南蛮鉄の錫杖でコツンと化物を叩くと、化物はギャッとうなって血を流しながら逃げてしまった。
それからは化物が出てこないので、坊様はお経をやめて、そのまま眠った。
朝になって村の人たちが
「気の毒に、あの坊様も化物に食われてしまっただろ。せめて骨だけでも拾ってやろう」
とお寺へ来てみたら、坊様はグーグーといびきをかいて眠っていたので驚いてしまった。
「昨夜は化物が出なかったのか」
「いや、出た。東からも西からも南からも北からも、天井からも、様々な化物が出たが、その正体を当てたらみんな逃げていった。」
そうして、化物の話をして聞かせた。
村の人たちが血の跡をたどって東の原へ行くと、血だらけの馬の首が目をギョロギョロさせて苦しんでいたので、そいつを叩き殺した。
西の竹林の中を探すと、年老いた鶏が、とさかを血だらけにしてウンウンうなっていたので、鶏汁にして食べることにした。
南の古い池の中には、大きな鯉があおむけになってフラフラと浮いていた。それを捕って鯉汁にした。
北の葬礼場を探したら、牛の頭が血だらけになって苦しんでいた。そいつも叩き殺した。
最後に、寺の天井を探すと、古ぼけた木槌の化物がウンウンとうなっていたので、叩き壊して燃やしてしまった。
これで化物どもはみんな退治され、旅の坊様は村の人たちの頼みでそれからは寺の和尚様となって、村に住み着いたということだ。
【補足】
全国に分布する「化物寺」や「化け物問答」と呼ばれる類の昔話の一種。
【掲載資料】
- 昔話
【参考資料】
- [主]『いきがポーンとさけた―越後の昔話 (日本の昔話 8)』水沢謙一(編)/未来社/1958年
- [副]化物寺――東西南北の妖怪 : 【妖怪図鑑】 新版TYZ(外部リンク):全国の化物寺のパターンがわかる
- [1]『大江戸化物細見』アダム・カバット(編)/小学館/2000年
【コメント】
最後に出てくるサイテンコボシがかわいくて癒しになる化物寺です。逆に村人たちの容赦の無さが恐ろしい。
余談ですが、江戸時代の黄表紙本『化物一代記』には「東の山の主の馬頭の化物とその友人の鯉の化物、 鶏の化物が行方不明になった見越入道の息子を捜索する」という化物寺の前日譚のようなものが描かれています。
馬頭は見越入道の息子と偶然出会い、見越入道に会わせることに成功しました。 馬頭とその仲間と、同じく見越入道の息子を探していた狸は見越入道から褒美として領地を貰って 東山の白馬、西竹林鶏三足、南海鯉魚、北州古狸として領地を支配するようになったということです[1]。
舞台装置としてとらえられることの多い昔話の妖怪がこういう風に出てくると、クロスオーバーのような感じがして楽しいですね。
【履歴】
2017年9月18日:Twitterでの紹介
2019年4月17日:N鬼夜行での紹介
【解説】
寺の天井にいる、木槌に毛が生えたような化物。いったいその正体は……?