貪多利魔王

貪多利魔王(とんたりまおう)

【解説】

 何万体もの悪魔や邪神を引き連れて日本を侵略して魔国にしようとした魔王。

【物語】

 聖帝明君が治めていた時代の日本は治安が良く、悪魔たちは日本に近づくことすらできずに中国と日本の境にあるちぐらか沖でわびしい暮らしをしていた。それでも悪魔たちは日本を侵略して魔国にするために様子をうかがっていた。日本の皇が人になってから何世代も経つと世も乱れ始め、魔王率いる悪魔たちも時が満ちたと考えて無類の名山と聞く金剛山に攻め込む。この山の守護神の金剛神は魔王軍を山に入れぬように防ごうとしたが、数万もの悪魔の前にはどうしようもなく突破されて追いやられ、岩の谷間に閉じこもってしまった。

 魔王はおおいに喜び、この山を拠点にして日本を魔国にしようと「貪多利魔王」と名を変えて何万体もの悪魔や邪神を従えて日本を襲った。空を霧や雲が覆い、常に暴風暴雨が吹き荒れ洪水が起きた。近くの国々には病が流行り、悪魔たちによって荒らされた。

 極楽浄土から人々を救っていた阿弥陀如来は東の国で妖気が盛んになり愁雲が俄かに起こるのを見て、「これは魔王のせいに違いない。日本は信心の厚い国で数えきれないほど多くの弟子もいるが、もしこのままにしておいたら日本は魔国になってしまう。悪魔を打ち倒し人々を救おう」と決め、玉を鳳凰の形にした船で他の仏神と共に日本に向かった。その際、中国の文昌帝君や文宣帝などの聖人や梵天、高天原の天照大御神たちを誘って金剛山に出向いた。

 阿弥陀如来の一行を見た貪多利魔王は周囲の山を城郭、谷と川を掘として武装した。さらに深い雲と霧を起こし、数万の悪魔が叫ぶ声は山を崩すような大きさであった。

 そのなか阿弥陀如来を守護している三宝荒神は少しも騒がず山の上に現れ石槍で山頂を突くと火と雷が炸裂し、山々の草木は全て燃えてしまった。魔王軍はおおいに驚き、ちぐらか沖から水を運んだがそれでも火の勢いは止まらず魔王の居城も燃え尽きてしまった。

 魔王は仕方なく谷川の中に逃げ込むが三宝荒神はその川の四方をせき止め、そこに数千万里の天の川の流れを滝のように浴びせかける。谷は海のようになり、魔王もたまりかねて山頂に移動する。三宝荒神はやはり少しも騒がず、持っている利剣を投げつけた。それを目がけて貪多利魔王も同じく利剣を投げつけるとどちらも空中で負けずに競い続けた。

 決着がつかないのを見て、阿弥陀如来軍から加勢として摩利支天、毘沙門天、不動明王が飛んできたが、魔王軍からも烈風魔王、荒ラ獅子魔王、天竜魔王という三体の魔王が加勢に入った。

 烈風魔王は何も言わず不動明王にただひたすら攻撃をしかける。不動明王は烈風魔王と組み合うが魔王の力は不動明王よりも強く、さしもの不動明王も大汗を流して顔を真っ赤にしながら「我は不動ゆえ不動明王と名付けられた。神も仏も仲間たち皆、力を貸してくれ」と、力のままに精力をふり絞り、魔王を組み伏せて縄をかけようとした。しかし不思議なことに組み伏せられた烈風魔王は突如跡形もなく消えてしまったので、不動明王は激怒し歯噛みをして立ち尽くした。

 荒ラ獅子魔王と名乗る魔王は毘沙門天めがけて得物の斧を振り下ろしてかかったが、毘沙門天は十文字の槍を投擲して戦った。荒ラ獅子魔王は戦いの中で斧の柄が中ほどで折られてしまい、戦うことができなくなって消えてしまった。

 天龍魔王は金棒を片手に摩利支天に挑みかかった。摩利支天は心得たりとその金棒を片手で受け止めて魔王と組み合って少しも引かない。摩利支天が魔王を取り押さえとどめを差そうとすると、これまた天龍魔王は消えてしまった。

 三宝荒神はこれを見て、汝らはまだ降参しないのかと八方剣を投げつけるとそれは雷光のごとく飛び回り悪魔を打ちのめす。さすがに魔王軍も恐れをなして、命あっての物種だと逃げ出す。しかしこれもすかさず千斤の神弓で宝矢を放つとその矢先は何億にも分裂して悪魔たちに雨のように降り注いだ。

 貪多利魔王をはじめとした何万もの悪魔は皆負傷してちぐらか沖に戻るしか無かったが、貪多利魔王は何を思ったか引き返して数万の眷属と共に三宝荒神の前にかしこまり、これまで行ってきたことを懺悔して心を入れ替えて貴方に従いましょう、と悪魔たちと共に降伏した。三宝荒神はおおいに喜び、「過ちて改むるに憚ること勿れ。これからは心を入れ替えて良いことをするのだ。我が阿弥陀如来に言って汝らがこれまで犯した罪を取り消し我が眷属に迎え入れよう」と言って仏法を伝授した。

 悪魔たちが声をそろえて南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏と唱える声は山を崩すような大合唱で、不思議なことに花が降りどこからともなく音楽も聞こえてきた。玉の船に乗った仏神たちが光で日本全土を照らし阿弥陀如来が法華経を雨のように降らすと、悪魔たちは悟りを得て、貪多利魔王は自分は裸になり信心深い行者に自分の富貴福徳を分け与える源元貧乏神となった。

 後の世でも、この源元貧乏神のいた場所を「裸森」と呼び、はじめ金剛山と言っていた山を、三宝荒神が悪魔たちを降伏させたことから「荒神山」と呼ぶようになった。

 そして阿弥陀如来が玉の船を泊めた所を「止船原」または「船形山」「船ヶ嶽」「船ヶ峠」などと呼ぶようになった。

【補足】

 なし

【掲載資料】

  • 『船形山手引草』

【コメント】

 お気に入りの魔王です。仏教の神々だけでなく中国の神々や神道の神々もせっかく出たのならその活躍を見たかったですね。

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【履歴】

2018年2月15日:Twitterでの紹介

2019年4月17日:N鬼夜行での紹介